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"日本一可愛い女子高生"という言葉の違和感とゴリラ

日本一可愛い女子高生

おはようございます、ガリオ(@gario01)と申します。

私は8時50分に起きた。

そして、驚くことに9時にブログを書き始めた。

普段なら、「オフトゥン大好き~…」「僕がお布団に包まれている時、お布団もまた、僕に包まれているのだ!」などと寝言を吐いては、再び快楽の世界に沈んでいく。

だが、今日はそうさせなかった。

それは、lineニュースのとある記事に視線を奪われたからだ。

「”日本一可愛い女子高生”の決定」

ん?

少し違和感を覚えた。

これは…どういう事だ?

日本一高い山“ や ”日本一身体が火照っているおばあちゃん“なら理解できるし、何の文句もつけようがない。

日本一高い山はこの世に一つしかないし

日本一体が火照っているおばあちゃんより体が火照っているおばあちゃんはこの世に二人と存在しないからだ。

もし存在するのならば、そのおばあちゃんは唯一無二の存在ではなくなり。新たな日本一体が火照っているおばあちゃんが誕生するだけだ。

そうポンポンも日本一体が火照っているおばあちゃんの記録が更新されては、地球全体が火照ってしまう上に、他の星の方々から「何か得体のしれない生命体がいる惑星」の烙印を押されてしまうので、もうこの話はやめよう

“日本一可愛い女子高生”という言葉に違和感を覚えたのは「可愛さ」というものは概念であることに気づいたからだ。

もし、「可愛さ」に単位がついていたとすれば納得できるが

「あのこの可愛さ540超えてない~??ww」などという会話は聞いたことが無い

この「可愛い」という概念で日本一を決めたということはすなわち

「日本一勇気があるゴリラ」を決めたことと同義であるのだ。

もちろん、川に流されていた我が子を助けたゴリラや、毒蛇から仲間を助けたゴリラは勇気がある。

ただ、表舞台には出てこないだけでもっと勇気があるゴリラだって存在するかもしれない。

妻と息子の命を守るために、マフィアに眼球と小指を差し出し

挙句、拳銃を突き付けられ「最後に何かいいたいことはあるか?」と問われ

「地獄で待ってるぜ…。」と答える。

そんなゴリラの方が600ゴリラ倍勇気があると思えないだろうか?

もしくは、

目隠しして地雷が埋められている区間を無事渡りきるゴリラ

姉のブラジャーをメルカリで転売するゴリラ

どちらが、日本一勇気がある?と問われ、答えが割れることもあるだろう。

つまり、この「日本一可愛い女子高生グランプリ」は

可能性と個人の価値観を完全に置き去りにした無慈悲な大会なのである。

私が恐れているのは、この記事をクリックして出てきた女子高生を客観的に見たとき

(えぇ~、もっとかわいい子いるでしょ?w)

という謎の上から目線な対応をしてしまうことだ。

お世辞にも人様の顔をどうこう言えた立場ではないという事実と

自分が思い描いていた「日本一可愛い女子高生」とのギャップが安っぽい化学反応を起こし、結果的に「エラそうな態度」をとってしまう。

そして、上から目線になった後に気づく。

「なんだおれ…。」

あとは1日中薄い自己嫌悪を私を取り巻き

世間という名の偶像が耳元で「お前よりマシだよ」とささやいてくる

それが嫌なのだ。なぜ計りようのない概念で戦おうとするのか?

人間が一人一人描いている「日本一可愛い女子高生」は違うのに

もういっそのこと

「日本一の女子高生を想像しようグランプリ」を開催して、参加者全員で各々の日本一を決めたら良いじゃないか。

単純明快で非常にスマートだ。誰も傷つかない夢の世界が出来上がる。

だが、人間とは業が深い生き物である。何かと優劣をつけたがるのだ。

これは、いかに人が人の目を気にして生きているかを明確に証明している。

だが、理屈をこねたところで

「”日本一可愛い”女子高生」という記事タイトルを見てクリックしないわけにはいかない。

この記事をクリックしないのは、瀬戸内寂聴さんと煩悩のなくなったしみけんくらいであろう。

あぁ…。

俺はまた同じ過ちを犯してしまうのか…。

もう僕の中での「日本一可愛い女子高生」という偶像は出来上がっているのに

はぁ…。

許せ…。

カチッ

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ウッホ~~~~~バチクソ可愛いじゃああ~~~~~ん!!!

はい!決定!このコ日本一!!!!!!!!!!!!

終わり。

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